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メッセージ集:2012年8月

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体調が悪かったり、介護が必要だったりして教会に集えない方々のために、毎週の礼拝メッセージの要約の掲載を行っています。教会に行ってみたいけど、いきなり行くのはちょっとな、という方も、ぜひ覗いていってもらえればなと思います。

でもやはり、できることならば教会に来て礼拝にでる方が、メッセージも聞きやすいし恵みも違ってきます。どうしようかなぁと迷っている方、ぜひ一度教会にも来て下さいね!

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2012年8月19・26日

「失われた人を捜して救うために来たイエス」 ルカ19:1−10 金井辰雄師

ザアカイは、収税人のかしらで嫌われ者でした。ある日、エリコの町にイエス様がおいでになるというので町中がその噂で持ちきりでした。 ザアカイは、イエス様をひと目見ようと出かけました。ところが、大勢の人のため、背の低いザアカイには何も見えません。しかたなく、いちじく桑の木にのぼりました。すると、イエス様が足を止めて、ザアカイを呼ばれ友となってくださったのです。 ザアカイは、大喜びでイエス様を自分の家にお迎えしました。ザアカイは、それまで味わったことのない喜びに満たされました。彼は、ごまかしと貪欲に満ちた闇の生き方よりも、誠実で正直な光の生き方の方が人間にとって喜びであることを知ったのです。 そして、その喜びは信仰の告白と悔い改めに導かれたのです。私たちに必要なのは、自分が失われた者であることをまず認めることと、プライドや人目ではなく主の前に出て行く勇気をもつことなのです。
<聖書引用箇所>エペソ5:6−9(p379)、Uコリント5:17(p351)、ロ−マ3:12(p293) 

「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」   ルカ19:10

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2012年8月19・26日

「主の御名を誇ろう」 詩篇20:1−9 金井つる師

この詩篇は民が王のために祈っている、とりなしのお祈りの詩篇です。まず最初にここで言われていることは、1、苦難の日に主があなたにお答えになりますように、ということです。苦難の日は危機の時です。神さまはご自身を信じる者のために、特別な所から助けを送ってくださいます。2、主の御名を誇ろう。今こそ、私は知る。ダビデは主が油注がれた者を救われることを「今こそ知った。」と告白します。聖所、シオン、聖なる天は、聖別された所です。ダビデは救いが「聖別」であることを知りました。また戦いのために、人はいくさ車や馬を誇ります。しかし、神さまに信頼しない人はひざをついて倒れてしまいます。神さまに信頼する人は、主が助けて下さるのでまっすぐに立つことが出来ます。今、捨てるべき馬と戦車は何でしょうか? 私たちは、主の御名を誇りましょう。
<聖書引用箇所>イザヤ35:3〜4(P1179)  エレミヤ9:23〜24(P1259)

「ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。」   詩篇20:7

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2012年8月12日

「斥候たちの報告」 民数記13:25-14:10 金井辰雄師

イスラエルは、パランの荒野にあるカデシュ・バルネアに到着しました。約束の地は目前です。神は、モ−セにカナンの地を探るため斥候を遣わすように命じました。 12人の斥候が派遣され、現地の様子を報告しました。「カナンの地は、肥えていて乳と蜜の流れる豊かな地であること。しかし、その地の住民は強く、町は城壁に囲まれアナク人という背の高い人たちがいること。彼らを見ていると、私たちは、自分がいなごのように思われる。」 これを聞いたイスラエルの民は、すっかりおじけづいて、モ−セと神を恨み、指導者を立ててエジプトに帰ろうとしました。ヨシュアとカレブは、神への信頼を取り戻すよう民を説得しましたが、民は全く聞く耳を持たず、彼らを石で打ち殺そうとしました。結局、彼らは、約束の地に入ることが赦されず、40年間荒野でさまようことになりました。 神を信じる者にとって、神を信じないことは大きな誤りです。どんなときも、神の約束のことばには力があることを信じ、そこに望みをおいて生きる時、たとえ自分がいなごのようであっても巨人に向かって行くことが出来るのです。
<聖書引用箇所> Tヨハネ5:5(p471)

「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」   ヘブル11:6

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2012年8月12日

「タラントのたとえ」 マタイ25:14-30 岡部高明師

終末と主の再臨に備える信徒の「忠実さ」について学びましょう。「タラント」は重さの単位でその正確な重量は時代や国によって差があり、また金か銀か銅かによっても値打ちが変わります。一タラントの銀は6000デナリ(労務者6000日分の労賃)に相当します。聖書的には神から委ねられたさまざまな賜物(財産、務め、能力、経験、社会的な信用など)を意味します。二人のしもべは主人から能力に応じて委ねられたタラントを運用してそれぞれ元手を倍加しましたが、ひとりは運用の失敗や盗難を恐れて土の中に隠して置きました。清算までの期間は委託物の活用期間であると共に、神の支配(天の御国)に参与する務めへの忠実さを試される機会でもあります。「悪い怠け者、役にたたぬしもべ」といわれないように、いま委ねられている賜物を確認して、その活用に励みましょう。

「その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』」   マタイの福音書25:23

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2012年8月5日

「主かバアルか態度を決めよ」 T列王記18:16−40 金井辰雄師

エリヤがカルメル山でバアルの預言者450人と戦いました。バアルの預言者たちは、自分の身体を傷つけるほどに熱心に願いました。しかし、声もなく、答える者もなく、何の奇跡も与えられませんでした。 私たちも、神様を自分の願いを叶える道具として見てしまうことがないでしょうか。しかし、主のしもべエリヤが祈ると天から火が下り祭壇を焼き尽くしたのです。これで主がまことの神であることが証明されました。この戦いは、バアルの預言者450人とエリヤの対決という形をとっていますが、戦いの目的はバアルとの戦いによる勝利ではなく、主とバアルの間でゆれる民の心を、神に立ち帰らせることにあったのです。あなたの心は、主とこの世の間で、どっちつかずによろめいていたり、世の体制に流されていることはないでしょか。 神様は、自分自身を徹底してしもべとしてささげ切った信仰者を通して、大いなるみわざを示してくださるのです。
<聖書引用箇所>ピリピ2:6−11(p384)

「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルにおいて神であり、私があなたのしもべであり、あなたのみことばによって私がこれらのすべての事を行ったということが、きょう、明らかになりますように。私に答えてください。主よ。私に答えてください。この民が、あなたこそ、主よ、神であり、あなたが彼らの心を翻してくださることを知るようにしてください。」   T列王記18:36,37


◇過去の礼拝メッセージ要約

※2012年の礼拝メッセージ要約
 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月

※2011年の礼拝メッセージ要約
 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

※2010年の礼拝メッセージ要約
 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

※2009年の礼拝メッセージ要約
 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

※2008年の礼拝メッセージ要約
 4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

※2003年の礼拝メッセージ要約
※2002年の礼拝メッセージ要約
※2001年の礼拝メッセージ要約


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