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メッセージ集:2010年11月

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体調が悪かったり、介護が必要だったりして教会に集えない方々のために、毎週の礼拝メッセージの要約の掲載を行っています。教会に行ってみたいけど、いきなり行くのはちょっとな、という方も、ぜひ覗いていってもらえればなと思います。

でもやはり、できることならば教会に来て礼拝にでる方が、メッセージも聞きやすいし恵みも違ってきます。どうしようかなぁと迷っている方、ぜひ一度教会にも来て下さいね!

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2010年11月28日

「人を汚すもの」 マルコ7:14−23 金井辰雄先生

パリサイ人たちは、イエス様の弟子達が洗わない手でパンを食べていたのを見て、昔の人たちの言い伝えに従っていないと文句を言いました。 この場合、汚れた手は不衛生を意味するのではなく、宗教的に汚れているという意味です。しかし、イエス様は、「外から入るものが人を汚すのではなく、人の心から出るものが人を汚すのです。」とおっしゃいました。どういう意味なのでしょうか。
T.悪の源は何処に  イエス様は、22,23節で、 私たちの心の中にあると言われました。 この悪とは、牢獄の中にいるような悪人たちのことを言っているのではありません。人は全て、老人も若い人も、裕福な人も貧乏人も、教育を受けた人も受けていない人も、罪深い心を持っているという意味です。
U.罪を聖めるもの  体の汚れは、水や石けんで洗い落とせますが、心の汚れ(罪)はどうしたら聖くできるのでしょうか。聖書には、「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」 Tヨハネ1:9 とあります。 自分も罪を持った罪人であることを正直に認め、告白する時、私たちは、変えられるのです。キリストの十字架の死により、私たち罪人が聖い者と見なされ、しかも、聖霊が心の内を聖く変えてくださるのです。

「外側から人に入って、人を汚すことのできる物は何もありません。人から出て来るものが、人を汚すものなのです。」  マルコ7:15

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2010年11月21日

「本当に幸せな人」 マタイ5:1−12 金井辰雄先生

イエス様は、「幸福」について語りました。人は、だれでも「幸せ」を求めていますが、本当の幸せとは何なのか分からないからです。主は「心の貧しい人は、幸いです。」と言われました。私たちの考える幸福感とずいぶん違います。 「幸せ」と訳されていることばは、“マカリオイ”という語です。それは、単に物事が思い通りに進むと言うのではなく、「神の祝福を受けた」と言う意味です。私たちは、自分を創造された神を離れては本当の意味で幸せにはなれないのです。神だけが私たちを知り、私たちの真の満足と喜び、平安を与えることができるのです。「貧しい」と訳されたことばは、「物乞いをする」ということばから来ています。私たちは、 みな自尊心を持っています。「いまさら神に頼らなくても、自分は自分の力で生きていける」と考えています。しかし、人間の力には、限界があります。それを認めて、全能なる神に頼るのが心の乞食なのです。天国は、神の前の自分の貧しさを知り、心砕かれた謙遜な人に与えられるものなのです。そして、神が共にいてくださる人こそ、真に幸せなのです。

「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」  マタイ5:3

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2010年11月21日

「あなたのパンを水の上に投げよ」 伝道者の書11:1〜12:1 金井つる先生

人はパンのために、日々働き労します。パンはいのちの糧であり、生活必需品です。 1.その大切なパンを水の上に投げよと、著者は言います。パンを投げるということは、無駄なことであり徒労のように思えます。しかし、そうではありません。後の日になって実を結ぶ日が訪れるからです。 2.みことばの種を蒔きなさい。完全に理想的な状況になったら、種を蒔き収穫をしようと思っていると、機会を逃してしまいます。全能の神様に委ねて、ことを行いましょう。成功するか否かは神の領域です。二つともうまくいくかも知れません。 3.あなたの若い日にあなたの創造者を覚えよ。 この世に生きている限り、人生を楽しむことは、人に許された神の恵みです。しかし、死後神の前に立って申し開きをしなければなりません。空しい人生からの解放は、あなたの創造者を覚えることです。この事実に目覚めるとき、新しい人生観が生まれ、喜びの日々が始まります。

「あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。」   伝道者の書11:1

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2010年11月14日

「知恵を求めたソロモン」 T列王記3:1-28 金井辰雄先生

ソロモンは、王となってまもなくギブオンという町で神に生け贄をささげました。するとその夜、神がソロモンの夢に現れて言いました。「あなたに何を与えようか。願え。」 ソロモンは、神から与えられた王としての務めを果たすためには、神のみこころを正しく理解する知恵が必要であることを知り、これを第1に求めました。神は、ソロモンの願いを喜び、そして、願わなかったものまでも加えると約束されました。 ソロモンが主に願って与えられた知恵の心を実証するかのような、有名な遊女の裁判が紹介されています。ソロモンの優れた判断を耳にした時、イスラエルの民はソロモンを畏れました。ソロモンのうちに神の知恵があり、正しく裁いたことを見たからです。そして、結果的に神ご自身が崇められることになりました。 ソロモンは、この神の祝福を土台として国を賢く統治します。この時代は、知恵学が栄え、国力も最大規模となりました。何を第1に求めるかは、このように人生全体に影響するものなのです。

「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」 ヤコブ1:5

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2010年11月14日

「主の来臨を嘲笑する者への弁明」 Uペテロ3:1−10 岡部高明先生

ペテロはにせ教師たちの教えに汚染されていない「愛する人たち」(信徒達)の純真な心を奮い立たせるために、すでに語られ教えられてきた神のみことばと主イエスの命令を想起させています。続いてキリストの来臨の約束を嘲笑し自分の欲望に従った生活をしている人々に対抗して、1)世界が経験した神のさばきとしての大洪水の歴史から、2)時間の支配者である神と時間の下で生きる私たちの視座の違いから、3)すべての人が悔い改めに進むように願う神の慈愛のご性質から、4)キリストのみことばから、キリストの来臨の約束と終末的なさばきが必ず実現することを弁明しています。

「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」  ペテロの手紙 第二 3:9

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2010年11月7日

「止めるのを振り払ってでも行くべき道」 使徒21:1−40 金井辰雄先生

パウロは、エルサレムに向かって旅を急いでいました。彼を止めようとする弟子達もいましたが、パウロの決心は揺らぎませんでした。エルサレムに近づけば近づく程、その足を止めようとする試みは強くなりました。しかし、最後まで揺らぐことはありませんでした。ミレトを出帆したパウロは、コス、ロドスを経てツロで主の弟子達に会いました。彼らは、エルサレムに上らぬようにとパウロに忠告しました。カイザリヤでは、パウロの同行者たちもエルサレムに行くことを止めたのです。しかしパウロは、それを振り払いエルサレムに行きました。エルサレムでパウロを待っていたものは、ユダヤ人たちの陰謀と逮捕でした。危機はチャンスです。パウロは、民衆の前で弁論を始めます。 それは、囚人の姿ではなく、大胆に福音を宣べ伝える伝道者の姿でした。主イエス様はかつて、聖霊が臨まれるとその人は証人としての力を受けると言われました。(使徒1:8) パウロが、このようにひたむきに証人であろうとする力は、まさに聖霊によるものとしか言いようがありません。

「するとパウロは、『あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています。』と答えた。」  使徒21:13


◇過去の礼拝メッセージ要約

※2010年の礼拝メッセージ要約
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※2009年の礼拝メッセージ要約
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※2008年の礼拝メッセージ要約
 4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

※2003年の礼拝メッセージ要約
※2002年の礼拝メッセージ要約
※2001年の礼拝メッセージ要約


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