2002年4月
4月7日
その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。 (ヨハネの福音書 20:19,20)
主の復活を確信できなかった弟子たちは、主を十字架につけたユダヤ人たちによる迫害が自分たちに向けられるのを恐れていました。途方に暮れて故郷を目指す弟子たちもいました。復活された主は弟子たちの真中に立って、復活の事実と聖霊の約束を確証されました。不在のため確信を得られなかったトマスにさえも御自身をお示しになって「信じる者になるように」と諭されました。主が復活された事実こそ、私たちの喜びと平安の満たしの源泉、約束の聖霊による派遣、どんなときにも生ける主を確信させる信仰の土台です。
4月14日 中川信嗣師
そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。(使徒の働き 2:46,47)
今日は私たちの礼拝について考えます。礼拝とは神様を喜び、神様に祈り、神様へ感謝を捧げる時であり、神様の御言葉を真摯に受け止める時です。そして、主あって兄弟姉妹とされた人々とともに集まり、主を見上げる時でもあります。これからも主に礼拝を捧げる民としての歩みをしていきましょう。
4月21日
私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。この方を私は自分自身で見る。私の目がこれを見る。ほかの者の目ではない。私の内なる思いは私のうちで絶え入るばかりだ。(ヨブ記19:25-27)
最近の新聞やテレビのニュースによると、南米ペルーのリマ郊外で、約500年前のインカ帝国時代のミイラ数千体が見つかりました。学者の発表では60年程度の比較的短い期間に埋葬された大規模な墓地だそうです。死と埋葬に関する慣習は人類特有のもので、死の本質や死後の存在をめぐる宗教的信仰に結びついているだけでなく、生者、ことに遺族にとって重要な心理学的・社会学的・象徴的な機能を持っていると言われます。旧約時代の聖徒・ヨブは様々な試練に加えて全身が病に冒される苦痛の中で、自分の生まれた日をのろいました。しかし、彼は後の日に自分のために「贖う方」(身代わりになって救い出す方)が来られることを信じ、体の贖いの信仰によって試練を乗り越えようとしています。私たちはすでにイエス・キリストの復活の事実とそれに裏付けられた信仰を与えられています。葬儀の形だけではなく日々の歩みの中で、復活の信仰に生きる者としてふさわしい歩みを整えておきましょう。
4月28日
また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。(ヨハネの黙示録20:4-6)
「第一の復活」は20:11以下に記される「大きな白い御座」のさばきに先立って起こる死者の中からのよみがえり(第二の復活)と対比されての表現と解釈することができます。「第一の復活」にあずかる人々は、主の証しとみことばの宣教のために殉教した聖徒たちです。信教の自由が認められている今の日本では、クリスチャンに対する表立った迫害は少なくなっていますが、その反面、みことばに真剣に従うため、また宣教するために苦しむことも少なくなっているのではないでしょうか。迫害や殉教の有無が復活のための条件ではありませんが、復活にあずかる者にふさわしい生活や証をしているかどうか、主を証するため、みことばの宣教のために、自ら進んで安楽な生活を退け、労苦をいとわない者になっているかどうか反省したいものです。